コラムをはじめる。

さて、2月から会社のホームページで、展示レポート記事と作家リレーインタビュー記事をそれぞれ月1ずつ書いていくことにしました。

http://meltingpot.tokyo/column

 

展示レポートでは、日々黙々と制作している作家活動を追っていけたら、

そしてリレーインタビューでは、インタビュー毎に次の作家を紹介していただいて、自分でも予想できない作家をインタビューしていけたらと思っています。

よろしくお願いします。

 


ところで、最初の記事で少し触れた、芸大日本画の画材崇拝ですが、これは不思議でしたね。日本画は基本的には岩絵の具を使って描いていくものなんですが、同級生とかで、やっぱり反発心とかあるじゃないですか、それで岩絵の具使わないで絵を描く人とかいるんですね。そうすると、もう、全然講評されないんです。教授は絵の存在ごと一切無視。

アクリル絵の具で描いてるやつは無視とかなら、まだ少し気持ちはわかりますが、墨だけで描いてる、とかも嫌がるんですよね、とにかく岩絵の具を使え、と。

 

岩絵の具自体は非常に面白い画材ではあるけれど、それを使っていないと講評されないということは、岩絵の具を使っていることが日本画の全てなのか・・・?日本画ってなんなのよ、っていう話は日本画専攻内でも頻繁にありました。

 

ちなみに、世界のアートカテゴリーの中には「日本画」なるものはありません。

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いよいよ2018年

さて、更新がしばらくぶりになってしまい、やや時期外れの明けましておめでとうございます。

 

今、様々やりたいことはあるもののどうしても準備準備でなかなか形として見せられる状態にするのに時間がかかる、そこで、月2くらいで定期的にブログでも更新しておくか、ということで昨年の始めに書きだしたブログだが、こうもサボってしまっては、何もやってないということを発信するようなものである。

 

最近ちょこっと体調不良で、という月並みな言い訳はあったのだけれど、今朝歩いていたらお尻から全体重をかけて盛大に滑って落下し、軽い脳震盪じゃないかと思うような数秒間の気絶&視界のホワイトアウト、全身の火照りが起こり、なんとか道の端まで這って行って、視界が戻るまで寝ていただけれども、(くっそ汚いジーンズを履いてたから誰も声掛けてくれなかった)

 

こりゃ体調不良がどうのこうの言ってるうちに、尻の強打とかいうバカみたいな理由で死んでしまったりするかもしれない、と思って、やっぱりやるこたぁきちんとやろうと決意したまでです。

ちょうど2018年の抱負みたいになってよかった。

 

 

さて、今回書ける内容は大してない。

とりあえず、茨城県の北の方で来年度はアートプロジェクトをやることは決定した。初めてのことだから、不安もあるけれども、アーティスト、現地の方々、多くの人と関われることは非常に貴重な体験である。去年の10月頃からなんとなく温め始めた企画で、幸運にも実施する機会に恵まれたから、良い形でできればよいと思う。詳細はいずれ。

あ、今年度中にも、ひとつやるのかな?

 

もうひとつは単純に、もうすぐ卒業を迎える、大学院生だから修論というものを書いているのです。いまさらだけど、調べたい内容が少し変わって、今後活かせる内容をもっと含めたいなぁと思って、世界のアート事情について今調べている。これは今後少しずつコラムにしていけたら面白いな。ちなみに、修論の作成にあたっては、多くの方々にアンケートやインタビューに協力いただいて、それはそれは貴重なもので、もちろん、きちんと生かしていきます。

市場規模で見ると、日本のアートは海外の足元にも及ばない、ということはちょこっとググれば誰しもが言っていることだけど、取組としては面白いものはたくさんあるよね。それに、結局のところ我々は日本に住んでいるわけだから、海外を通してアーティストは売れたとしても(というかそれしかないだろう)、やっぱり、じゃあ日本では何ができるの?ってことは考えていきたいね。

 

大した話じゃない、今回は景気づけみたいなもの。また。

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文化の作られ方

 最近は、仕事の関係で関東の自治体の文化担当の方とお話しさせていただいています。文化担当といいつつ、担当は実際には、経済部だったりまちづくり課、観光課や人口減少対策室だったりするわけですが、このこと自体が、「文化とは何か」を示しているように思います。

 

 純粋に「絵を描きたいなっ」と思って、芸大を目指し、浪人し、入学し、学内で絵を描いている間は、創作は常に創作の中にあった(言い方変かな)けれども、何かそういったことに違和感を覚えて創作活動をやめてみると、我々は社会の中の一員であるし、その中に生かされているということに強く気づかされるのです。

 

 では、芸術家(アーティスト)と、そうではないけれども創作活動を行っている人(非アーティスト)の違いは何かというと、社会に生かされている一市民であっても、それでも社会という枠を超えて、私たちに何某かの希望(必ずしも明るく直線的な未来であるとは限らない)を見せてくれる存在であるかどうか、ということでしょう。

 続けて、文化とアートは違うのでしょうか?

 捉え方によっては地続きであり、一方では全く異なると言えるでしょう。要は、マーケットは全く違うということです。ギャラリストに近年盛んに行われている地域芸術祭の話をすると鼻で笑われるくらい全く違います(マーケットにのるアートという意味ですが)。しかし、異なるということを自覚した上であれば、文化をアートに繋げていくことはできます。なぜなら、アーティストは文化ある社会の中に育ち、アートという商品を生み出していくからです。

 よく音楽一家なんていうのは聞きますが、いろんなアーティストの経歴を見ても、どこかでアートだったりモノづくりだったりに接していることが多くあります。そういったきっかけは大層なアートである必要はありません。しかし、良いアートである必要はあります。良い、とは時代を反映している、ということです。個人的な想いを超えて、作品の存在理由がある、ということです。

 

 さて、表題の「文化の作られ方」というところにやっとこさ戻った話をすると、これこそ、時代をそのまま反映する話です。

 「地方創生」が盛んに唱えられ、地方でも多くの集客力を持つ芸術祭に注目が集まっています。こういった芸術祭を、地方創生の面から見るか芸術振興の面から見るか、そのウェイトは自治体により様々だと思うし、多かれ少なかれどんなアーティストにも芸術至上主義の部分は残っていると思うけれど(そうであって欲しい)、社会はアートを利用し、アーティストは社会のニーズを利用すれば良いのではないでしょうか。どう捉えたいか、というだけの問題です。

 多くの自治体の抱える課題として、「地域で行っている文化芸術祭は年齢層もあがってきて、毎年出品される作品も固定化されてきてしまっている。これまで地域の文化醸成に大きく貢献していただいて大変感謝している。一方でこれからの若い力を育成したいものの、どうすればよいのか分からない」というものがあり、そのためにも地域芸術祭を活用し、若手による地域の文化醸成を行っていきたいという面もあるようです。

 まだ芸術祭ブームは始まったばかり、というよりこういったイベント型のサービスは今後広まっていくでしょう。運営面でも、人手不足の解消や効率化を実現していこうと思うと、必然的にテクノロジーを活用していくことになりますし、これからもっと面白くなると思います。

 

 本質とは普遍的なものだけれども、だからこそ本質はどんな時代にあっても表層を変えて存在します。アートは時代に揉まれて、なんぼ。

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ブログ移転

以前、bloggerで書いていたものを以降することにしました。

 

ランニングや山登りが趣味で、トレーニングの記録とあわよくば登山仲間できないかなぁと思って、トレーニングブログを開設したところ、タイムをひたすら分析する独り言みたいな投稿にも関わらず、コメントもらったりして、どこにブログ解説するかによって、だいぶ違うんだなぁ~と実感。

(趣味だから繋がりやすい、ということもあるかもしれないけども。)


人気ブロガーを目指しているわけではないものの、アートに関する情報であったり、これから様々なアートプロジェクトを展開していく中で、情報発信の在り方についてはきちんと考えていいのかなと。

 

うまく使えていないtwitterアカウントはいったん退会したりと、SNSの活用の仕方を考えている今日この頃です。

 

さて、このブログでは引き続きアートに関する情報や、企画しているアートプロジェクトの情報だったりを紹介していきたいと思います。

 

よろしくお願いいたします。

 

以前のブログ↓↓

satsukikoguchi.blogspot.jp

 

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